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2018年7月29日 (日)

日本語教育から国語学習へ

 現在、私が所属している多文化共生をテーマとする団体は2種類。ひとつは大人向けの日本語教育、もうひとつは外国につながる子どもへの日本語・教科支援だ。
 今回は、後者について、日本語教育が必要な子どもが如何に国語学習を身につけていくかについて、実践的な課題と対応をまとめる。

 子どもたちの実態はさまざまだが、もっとも重要なのは来日する時期である。
ここでは、さまざまな実態はひとまずおいて、私たちが子どもに応じて組み立てる学習計画(いわばカリキュラム) の原則を確認しよう。

 カリキュラムといえば、教育行政が主導する 「JSLカリキュラム」 があるが、現実問題として、子どもたちは特別扱いのない教室内に放り込まれている。
 重要なのは、その現実のなかで、日本語教育と国語学習を如何に総合的に支援できるかだ。

 なお、一般的には国語だけでなく教科全般で考えることが必要だが、ここでは、私が専門としている国語に焦点を当てる。

 整理するのは3段階の支援だ。
(1) はじめての日本語及び初級日本語
(2) 学校教育のための日本語 (小1からの国語)
(3) 言語的思考力育成のための日本語 (論理国語)

 支援の現実は、(1)から(3)までが混在して目先の対応に苦慮するばかり。往々悪循環に陥っている。目先の対応で精一杯でない、長期的な計画に基づく支援が問われる。

 (1)がうまくいっている事例は、福生市YSCグローバルスクールの 「(初期)日本語支援」 だろう。地域に根づき、教育行政の理解も得て、集中的な初期日本語教育を優先的に実施することに取り組んでいる。ひとつの理想だ。

 けれども、さまざまな困難があって理想通りにいかない場合はどうするか?
 現実は、「こどものにほんご」 等で基礎を固めながら、学校生活のなかで揉まれながら修得していくことになる。

 ただし、(2)をうまく組み合わせると、期待した以上の近道があることを私たちは発見した。それは、『ことばと文法 集中学習』 (くもん出版) の活用だ。
 この教材は、必要な語彙が無理なく組み入れられているのが良い。その上で、日本語の構造に少しずつ馴染むように構成されている。

 これを、小1国語の段階から丁寧に学んでいく。出てきた文はどんなにやさしい文でも日本語の構造の文例として学ぶ。そうした学びを小3~小4と積み上げることで、読みばかりでなく、話す~書くと三位一体の支援になる。

 私たちはこうして、現実に流されないこと、軸を見失わないことを大切にしてきた。
 確認するが、獲得すべきは、いわば 「対話的に学ぶ」 基礎としての識字であり、日本語である。ここで 「対話」 とは、言葉のやりとりによって、互いに学びあい~成長しあう言語活動に他ならない。

 (2)は(3)の言語的思考力の基礎であるから、その発展を視野に入れた教材が必要だが、私たちが用意しているのは、『日本語論理トレーニング』 (出口汪、小学館) 。
 この学びによって、調べ、筋道を立てて考え、自ら学ぶための国語力に迫る実践成果を実感している。

 これらは、いわば、【根】 を 『ことばと文法 集中学習』、【幹】 を 『日本語論理トレーニング』 とする一貫した支援計画の根幹である。

 もちろん、分量的には限界あるゆえに、内容を精選している。
 こうしたプランは、次の先駆的取り組みからイマジネーションを得ているので、関心ある方には参考になるだろう。

→ 『 「論理エンジン」 が学力を劇的に伸ばす』 (出口汪、2006)
→ 『 「本当の国語力」 が驚くほど伸びる本』 (福嶋隆史、2009)

  こうした枠組みで、私が日常的に留意しているのは、「ダブル・リミテッド」 (母語と日本語共中途半端) 問題であるが、日本語で論理的な思考力が身につくことは、母語にも相互作用をもたらすと確信している。

 なお、今回の整理で最も重要なのは、学びの三段階のどの段階も疎かにしてはならないということ。目先に囚われて焦ることなく、各自の学習プランの軸を崩さず歩まなければならないということである。

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