« 共謀罪と人生論 | トップページ

2017年7月31日 (月)

『高慢と偏見』考

 今年は、英国を代表する小説家ジェイン・オースティン (1775-1817) の没後200年にあたる。今月18日が命日だった。
 ここでは、その代表作 『高慢と偏見』 に関して、教育の観点からの感想を記しておく。

 私がオースティンに親しむようになった契機は、革新的教育の手法として、ブッククラブ形式の国語教育を学んだことによる。
 ブッククラブのモデルとして 『ジェイン・オースティンの読書会』 を映画で観たことに始まる。

 そこでは、オースティンの6冊の著作を1人1冊担当し、仲間6人で自由闊達な討論を展開していた。これを教育で取り入れれば、教師主体に解説するのでなく、子ども主体の話し合いを教師がコーディネートすることになる。

 私が最初に読んだのは 『エマ』 だが、正直、波長が合わなかった。
当時は、結婚を題材にして、男女の心理の機微は興味深かったが、そこまでだった。
200年前の英国の階級の色彩が強い時代背景にも反発した。。

 そんなわけで、しばらくオースティンから離れていたが、没後200年の今年になって、私のアンテナにひっかかり、オースティンの世界に舞い戻ったのだった。

 その代表作 『高慢と偏見』 が描いているのは、結婚をめぐる話というより、人間そのものをめぐる分析と理解するようになった。
  もちろん、『エマ』 も同様なのである。
 結婚に向き合う男女が、最初は対立しながらも、相互に理解しあうことで認め合うに至るという、人間としての成長が描かれている。

 そう、彼女の小説は、「人格のあり方」 を考える小説なのだ。
社会の中で、対立をのりこえて新しい自己を確立していく人間的成長を描いている。

  そうした肯定的見方を得た今月は 『高慢と偏見』 に嵌った。
 映画で観た 『ジェイン・オースティン 秘められた恋』 は彼女の生涯の根っこを描いていた。『ブリジット・ジョーンズの日記』 はオースティン小説の現代版の趣きだった。
  もちろん、何度も映画化された最新版である 『プライドと偏見』 (2005) も面白かった。

  さて、前置きが長くなったが、私の教育観点での読後感は次の2点。

1) 日本の教育における ”プライド” の扱いは相当に粗雑だ。

 教育とは、”自尊感情” を大切にし、欠けがいのない自分をいかに確立していくかを支援すること、と私は思っている。
 昔に比べれば、だんだんにそうした個々に向き合う方向性は出てきたと思うが、かなりの場面で個より全体を重視する傾向は残っていないだろうか?
 ”個性重視” と言いながら、実際は全体に合わせる協調を大切にするあまり、今もなお、出る杭は打たれるような教育ひいては社会になっていないだろうか?

 人は一人ひとり異なっている、その尊重が前提だ。自分を抑えることが優先なのでなく、我慢は尊重を前提とするからこそ必然的に出てくるものである。
 自分を伸ばす・・・人はそのことを優先的に考えることが大切だ。そこにおいて周りへの配慮が伴うことが課題となる。
 やりがいや熱い思いを大切にすることと、経験や知識による判断基準 (いわゆる偏見のメンタルモデル) をのりこえることが人間の成長である。

 一方で、学力の優秀な生徒は自由が保障され、学力レベルの低い生徒は我慢を覚えさせるような現実が垣間見える。これは一種の差別でさえある。
 人間の価値は偏差値レベルではない。知識量だけではなく、考える力を育てる教育環境があれば、ここでの差別は克服できる。この本筋を放棄してはならない。

 しっかりと、”プライド” を尊重する教育が人権尊重としても不可欠であると強く思う。

2) 教育は、偏見と差別を克服する人間的成長のプロセスである。

 小説にも”プライド” の尊重は偏見につながるのが人間性の本質だが、だからこそ、教育は偏見を、さらに差別に向かう歪みを克服しなければならない。

 思えば、私の教育活動は開発教育分野が軸だったが、根底で偏見と差別に向き合うことだった。
 差別は向上心や批判精神の現れでもある。上に行きたい向上心は必然的に自分より下を必要とするのだ。「上見るな下見て暮せ」 はまさに差別意識の勧めとなる。(笑)
 むしろ、向上心は尊重しつつ、克服するものがあることに向き合うことが重要だ。

 一人ひとりが向上心をもって生き、しかもみんなが幸せになれるように尊重しあえる社会が望ましい。(組織論としては 「学習する組織」 )

 開発教育は、文化の多様性尊重と (幅広い意味での) 貧困状況の克服を焦点にするが、このことは、一人ひとりの尊重と共に生きる共生を重視し、差別や格差の克服と対峙するものであることは言うまでもない。

 こうしたあり方が、教育がめざす人間的成長であると強く思う。

--


 ジェイン・オースティンは、人によって好き嫌いの評価が分かれているという。
私は、教育的観点で読むことで、オースティンからいろいろ考えさせられたのだった。

 

« 共謀罪と人生論 | トップページ

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/559271/65602964

この記事へのトラックバック一覧です: 『高慢と偏見』考:

« 共謀罪と人生論 | トップページ