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2014年6月 1日 (日)

タイについて想う

 久々にタイについて。拓殖大学開発教育ファシリテーター講座 (通常コース) のML (メーリングリスト) で盛り上がっている タイのクーデターを巡る話題 に書き込んだものを若干手直ししてアップしよう。

 タイと言えば、2007年に、首都バンコクと東北タイのコンケンを出張で訪れ、各地の学校を訪問した。
   ↓
「タイ出張記~東北タイ(イサーン)で考えたこと」
http://www.ne.jp/asahi/onuki/hiroba/bknumber/07Thai.html

 その時は、教育が中心テーマであったため、政治について書き記しておきたいことはあったが、心にとめておいたのだった。
 今回は、タイのクーデターを巡る話題なので、7年前の想いも含めて政治について書く。
 私は、タイ研究の専門家ではないので、あくまで個人的な感想である。


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 タイの政治状況は複雑であり、一筋縄で理解できるものではないが、歴史的には、少なくとも20年(1992年まで)は遡って観察すべきと思う。

 1992年はタクシンが登場する以前の状況だ。
 「血の民主化弾圧」 事件が起こった年だった。
 この時代に関して、私が注視するのは、現国王(ラマ9世)が軍と民主化運動の衝突を指導者への 「鶴の一声」 で鎮静化させたできごとだ。
  タイは (仏教が土台だが) そういう国でもある。
 タイにおいては、こうした国王の存在を私は注視している。

 これ以後、軍事政権は後退し、民主化が進んだ。
 タクシンが登場し、2001年に選挙に勝って政権をとる。
 タクシンはタイ北部を重視しながら、タイ農村貧困層の支持を得る近代化を進めながら、都市上層部と対立していった。
 これが2006年のクーデターに結びついていく。
 選挙すれば多数を占めるタクシン派とそれに対決するクーデターという、複雑な政治状況がここに出現してくる。

 2007年に私が訪れたのは2006年クーデター後の、まだその名残がある時期だった。
 そのとき、私が耳にした以下のふたつの発言は、タイの複雑な状況を示唆していた。
    ↓
 ひとつは、東北タイ(イサーン)の寺院で聞いた僧侶の言葉:
「タイの現状ではクーデターはやむを得ない。私は支持する」

 もうひとつは、バンコクで政府関係者から聞いた言葉:
「タイは豊かになった。タクシンはもっと豊かになった」

 当時の私は、タイの現状を、こうした言葉から感じ取ったのだった。

 さて、私が注視するのは、国王とタイの関係する明日である。
タイ国民から信頼されている国王は絶対的に尊敬されているように思える。
訪れた農村の各学校には教室に国王の肖像画(写真)が飾ってあったのだった。
クーデターも、国王への忠誠を誓うのが前提で、それなしには成立しない。

 国王の 「足るを知る」 経済のススメは、私がタイに魅かれる要因のひとつだが、
これを一介の権力者が発言したら 「貧乏人は麦を食え」 に似た暴言にも取られかねないだろう。
 人徳ある国王の発言だから、普遍性があると思われているわけである。。

 しかし、ラマ9世(1927年12月生)はもうかなり高齢 ・・・。
息子があとを継ぐが、現国王ほどの人徳が期待できないと言われている。

 タイの問題はそこにある。
 何年後かわからないが、現国王が亡くなった時、タイは大きな試練を迎えるのではないか?
 民主化と秩序が微妙に成立する状況は、もう期待できないかもしれない。
収拾できない大混乱に陥り、国が二分される可能性すら考えられよう。

 いずれにせよ、タイの (流血を伴った) 本当の民主化はそこから始まるだろう。
 これが直感だ。そんなことを自分の感性として感じている。

 そして、大好きなタイのことを心から心配している。。

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