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2012年11月17日 (土)

「限りある命」 をめぐって

 先日(11/8)、ツイッターに書き込んだ内容をひとまとまりで整理した。テーマは 「世界事情とそれを反映する為替相場」 だった。今回はその第2弾。義母が94歳で亡くなったのを契機に、ここ数日 思いをめぐらせてきたをまとめる。

 「死」 を考えることは 「限りある命」 を考えること。「限りある命」 を考えることは改めて 「生き方」 を考えること。
 ここでは、「死」 を自分の問題として考えるために、「がん」  という病気との兼ね合いで 「死に方」 から考えている。加えて、現代日本の医療問題のさまざまな矛盾も見えてきた。


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●(11/5) もう何年も前の話だが医師である従兄が 「自分の死はがんでなければならぬ」 と言った。当時、私にはその意味が分からなかった。がんはひたすら恐いイメージだったから。最近身近な死を契機にこのことを再考している。

●(11/6) 従兄の 「がんで死にたい」 理由、その第一は 「最後の身辺整理を自分でできるから」 というものだった。がんは比較的間際まで自分の心身を保つことが可能だ。それは理解できた。けれども、がんが恐い私はそれだけでは納得できなかった。

●(11/7) 「がんで死にたい」 という従兄の物言いを理解できないのは、私には末期がんは痛くて苦しいという思いがあるからだ。医師である従兄は緩和ケアへの関心も強い。けれどもそれ以前にがんそのものの捉え方が私は間違っているのかもしれない。

●(11/8) がんは遺伝子変化が蓄積して発生する。加齢と共にリスクが高まる。長寿国日本では2人に1人はがんになり、3人に1人ががんで死ぬ。ゆえに若い時期のがんは不自然で不幸だが高齢期のがんは自然現象と言える。問題はそれを受容できる年齢と末期がんは苦痛を伴うという恐怖だ。

●(11/9) 死・・・そもそも人は死に際して酸欠状態になると脳内にモルヒネ様物質が分泌され意識レベルが下がっていくという。特養に常勤する中村仁一医師は 「麻薬を使うような末期がん患者を見たことがない」 と書いている。がんに攻撃的治療をしない結果なのだが驚く記述だ。

●(11/10) 北川知行医師の ”天寿がん思想” によれば、超高齢者のがん死はさしたる苦痛のない自然現象である。”天寿がん” に対して攻撃的治療や延命治療など自然に逆らう医療行為は無意味である。これには天寿を全うすることを妨げる現代医療問題の指摘も含まれている。

●(11/11) 最近 「尊厳死法」 の国会提出が記事になったが、本日はもうひとつのタイムリーな(救急センター、搬送の高齢者に)「延命治療せず」 の記事あり。過剰医療は、人間の生命(延命)>人間の尊厳(尊厳死) の葛藤がやっと社会問題になってきた。

●(11/12) 通常末期がんではそれなりの苦痛を避けることはできない。けれどもいたずらにがんの痛みを恐れる必要はない。現代は緩和医療の助けを信ずることができる。むしろ恐れるべきは日本の医療の現状では ”平穏死” できない可能性のほうだ。

●(11/13) 死を考えることは生を考えること。生命の尊さと人間の尊厳性はどうつながるか。けれども私たちの判断は死が遠い存在ゆえにあいまい。医療における実態は尊厳より延命。

●(11/14) 生命は最高の価値ゆえに医療現場には 「延命至上主義」 がある。何が何でも延命は家族の願いにも重なり得る。本人の強い意思表示ができていないと、漠然と尊厳死を望んでいる程度では、第一選択肢として胃ろうなどの延命措置に委ねられる。

●(11/15) 医療現場では認知症で口から食べられなくなった高齢者が誤嚥性肺炎を起こすとまず胃ろうが勧められる。人工的に栄養摂取して生かされる。欧米では終末期の胃ろうは神の思し召しとの兼ね合いで抑制的だが。。

●(11/16) ここ数日 「がんによる死」 に関し人間の尊厳を貫く生き方(死に方) を考えてきた。従兄の言 「自分の死はがんでなければならぬ」 の意味を私なりに紐解いた。今は私も 「自分の死はがんで」 と考える。これまで主体意思で生きてきた延長上にある覚悟である。
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◆ 人は悲しみや苦しみを全て受け入れる事で人生が喜びややすらぎに変わる (加島祥造)

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