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2012年8月27日 (月)

『脱原発論』を読み解く(1)

 読み応えのあるコミックを読んだ。『脱原発論』(小林よしのり)。保守の立場からの脱原発論として渾身の力作と言ってよいだろう。「倫理と豊かさは両立する!」 が本書のビジョン。365ページと分厚く、コミックながら文章が主体なので決して読みやすいとは言えない。発刊日の本日を期して、私の視点でできるだけ簡潔に読み解いてみよう。

 さて、本書の読み方としては、原発にまつわる 「神話」 批判と、「倫理と科学の進歩に支えられた脱原発の未来」 展望の2つのアプローチが可能である。「代替案のない倫理や理想主義は幼児的空論でしかなく、逆に目先の欲得のみの現実主義は、極大のリスクを放置する無責任な暴論にすぎない」(p17)。ただ、あきらかに舌鋒鋭いのは前者だ。

 3・11は世界に大きな衝撃を与えた。「原発安全神話」 が崩れたことは 「人類は原発を制御できる」 という信念への疑念を強めた。私はこの 「原発安全神話」 と 「核廃棄物リサイクル神話」 が未来へ負の遺産を先送りする根源と考えている。
 ゆえに、これらの原発批判についてどう描いているかが私の焦点であるが、小林氏はさらに 「放射能安全神話」 を強調している。したがって、ここではこの3つの 「神話」 について、ひとつずつ要点を整理していこう。

1 原発安全神話

 第8章 「原発ブラボー団は真の強者か?」 に詳しい。
 ここでの「原発ブラボー団」とは国家基本問題研究所のことで、幾多のマスコミに、原発の安全性を強調する意見広告を出している。
 意見広告によれば、「事故は二つのことを教えてくれました。事故が原発管理の杜撰さによる人災だったこと、震源地により近かった東北電力の女川原発が生き残ったように、日本の原発技術は優秀だったこと、この二点です」 と主張している。要するに、日本の技術は優秀でどんな天変地異が起きても耐えられる。福島第一原発事故は人災であり、「管理」 さえ問題なければ事故は決して起きないと。(p135)

 しかしながら、こうした意見は、いまだに 「安全神話」 を信じ、「技術信仰」 にすがっている姿である。実は推進派にとって 「安全神話」 は崩壊していないのである。
 これに対して、本書はこう叫ぶ。「どんなに技術が進化しようが機械は故障するし、どんなに管理を徹底しようが人間はミスをする。事故は必ず起こるものなのだ!」 と。そして、一度大事故が起きたならば、今回のように国家崩壊の危機までありうるのが原発の正体というものである。(p136)

 さらに、安全性の主張では、福島第一原発は古いタイプの原発だったが、新型の原発の安全性は大幅に向上していることも強調されるが、50基中17基までが40年前の古い原子炉であるから、いくら先端技術が進んでいるとしても全く関係ない。(p137)

 原発は常に弱者を犠牲にするようにできている。危険すぎて都会には置けないから過疎地に押し付ける。原発作業員は、末端の労働者ほど危険な作業に従事させられ、カネで交換のきく 「部品」 扱いされている。そして、事故が起きて放射能がばらまかれてしまうと、最も危険なのは子供たちである。(p143)
 

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