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2011年11月15日 (火)

開発教育と 「経済成長なき社会発展」

 拓殖大学 「開発教育ファシリテーター(アドバンスト)講座」 第7講は、斎藤文彦 『国際開発論』 と S.ラトーシュ 『経済成長なき社会発展は可能か?』 を教材に 「開発論」 を検討した。「開発批判」 を乗りこえる 「開発」 をどう捉えるか、その具体的展開 (私たちの社会のあり方) をどう捉えるか、ということをねらいとしている。

 特に今回は、開発論の整理と、そこにおける 「持続可能な開発」 の吟味を軸に検討した。

 2冊の文献は、前者を基本テキストとし、後者をその応用として検討を進めたが、開発についてのわかりやすい解説と鋭い批判の組み合わせとして、この2冊は推薦に値する。

1 開発論の整理(『国際開発論』より)

(1)近年の開発概念は、戦後復興期の ”underdeveloped” 克服をめざした近代化論により定義づけられている。「開発」 は 「貧困」 を克服するものとされ、トリックル・ダウン仮説で裏づけられてきた。

(2)今日の開発論は、経済開発に対して、「オルタナティブな開発」 が認識されており、社会開発・人間開発・持続可能な開発などの視点も重視されるようになっている。今日の開発概念は総合的であり、多種多様な展開をしている。

(3)開発をめぐる立場は、次の5つに整理できる。① 介入主義、② 新自由主義、③ マルクス主義、④ 新ポピュリズム、⑤ 脱開発論。(「オルタナティブな開発」論は ④ に該当し、ラトーシュの「開発批判」は ⑤ に該当する)

(4)途上国の貧困の解決には、量としての経済成長と質としての社会開発の両方が必要である。ただし、開発倫理の観点からしても、「正しい開発」とは、どのような判断基準が働くのか、誰にとって正しいのかが常に問われる。

2 開発批判の視座(『経済成長なき社会発展は可能か?』より)

(1)開発は 「発展主義」 である。そしてそこには、自文化中心主義とさまざまな矛盾(経済成長至上主義、トリックル・ダウンへの盲信、自然環境破壊 等) が見られるのであって、「発展主義の欺瞞」 がある。

(2)いかに形容詞付きの発展パラダイムを描こうと、「発展主義の欺瞞」 を乗りこえることはできない。あらゆる開発概念の妥当性は、経済成長を前提とする限り幻想である。そもそも、「持続可能」 と 「発展」 は二律背反である。

(3)「持続可能な開発」 に対する ブルントランド委員会の定義 「持続可能な開発とは、将来のニーズを満たす能力を損なうことなく(注:世代間公正=環境的適応)、現在の世代のニーズを満たすような開発(注:世代内公正=社会的公正)」 においても、「人口成長率を所与とすると、開発途上国における工業製品の消費が先進国の消費に追いつくためには、工業生産を現行水準の5倍から10倍増加する必要がある」 として、成長主義に立脚しているのだ。

(4)事実は動かし難い。環境コストの内部化も、環境技術の促進も、環境効率性も、資源の搾取と汚染による自然環境の低下を克服することはできない。・・・ 「重要なことは、発展に替わるオルタナティブ、もしくは<ポスト開発>ならびに維持可能な<脱成長>の時代を提唱することである」(p.82)、「単に修正と訂正を加えたものとして捉えられるオルタナティブな開発よりも、現行の発展パラダイムに替わるオルタナティブこそが重要なのである」(p.83)

3 ゼミ での検討のまとめ

(1)資本主義的蓄積を根本から問い直すことなしに、さまざまな形容詞を付けることで 「善」 とされている発展概念を問い直すことの意義は認める。”近年の開発” と ”本来の開発(developmentの本義は「封じ込められたものの解放」)” の対立矛盾は超えなければならない。

(2)開発教育は、「開発」のあるべき姿(パラダイム)を求め続けるゆえに 「開発」教育である。そこでは、「望ましい開発のあり方」 の価値観を教え込むのでなく、参加型で自ら探求し、自ら選び取る力を育成する。(学びの場としての「学習する組織」)

(3)模索するコンセプトはさまざまである。「連帯経済(フェアトレード・市民金融・地域通貨・地産地消・女性のエンパワーメントなど)」、「企業の社会的責任とビジネスによる社会変革」、「ダイアログによる民主的合意創造」 等、さまざまな可能性がある。

(4)ゼミで最終的に合意したのは次の発表内容であった。→ 開発教育がラトーシュの開発批判を乗りこえるあり方とは、「現行の発展パラダイムに替わるオルタナティブは必要である。それは、人類の深い覚醒を推進する転換であり、人類進化の過程としてのパラダイムシフトであり、価値観・人生観の転換」 につながっている。

・・・

 3時間に及ぶ講座内容を大枠でまとめた。アドバンストコース参加者は、むずかしいむずかしいと言いつつも、抽象的になりがちな 「理論研究」 に真剣に取り組んだ。この実像が、私たちにとっての「学習する組織」である。

 開発教育実践のめざすもの=「共有ビジョン」 も、活発な討論のなかで浮かび上がってきたように思われる。その結論は決して目新しいものではない。けれども、それは、こうした学びのプロセスを経ての結末ゆえに、心の奥底からの認識として意義あるもののように感じられた。

 

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