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2011年11月23日 (水)

第6回開発教育システム思考研究会2011

 第6回研究会は、中村香 『学習する組織とは何か ~ ピーターセンゲの学習論』 (鳳書房、2009)  のなかの 「学校における 『学習する組織』 化の意義とそのプロセス ~ Schools That Learn に注目して」 を検討した。ビジネスの組織論たる「学習する組織」論が、学校教育をどう捉え、どのような課題を見いだしているかは、研究会にとって大きな関心事である。

1 まえがき (本論のテーマ)

 筆者は、センゲが説く学習する組織を、「人々がたゆみなく能力を伸ばし、心から望む結果を実現しうる組織、革新的で発展的な思考パターンが育まれる組織、共通の目標に向かって自由にはばたく組織、共同して学ぶ方法をたえず学び続ける組織」 (『最強組織の法則』) などの表現を引用しながら、「外圧や誰かの指示や管理で組織改革するのではなく、自分たちが望む方向に意志をもって、能力を活かしながら発展し続けられるように学びあえる組織」 と整理している。

 そのうえで筆者は、教育に関連する学習する組織の研究として、次の3つのテーマを掲げた。(1)教育学者ではないセンゲが、なぜ学校に関わるのか? (2)センゲは、いかにして学校を学習する組織にしようとしているか? (3)日本の学校教育の発展に関して Schools That Learn に示唆があるとすれば、それは何か?

2 新しいシステム論 : 「機械システム」 から 「生きたシステム」 へ

 センゲはなぜ学校に関わるのか? 問題は近代社会のもたらすメンタルモデルである。科学の発展とともに工業化が進んだ結果、近代社会は物事を全体やシステムとして捉えるよりも細分化することで分析し、合理化や標準化を追求する。それは教育にも影響を及ぼしている。学校は、賢い子と愚かな子を操作上区別し、流れ作業のような標準的な画一化を追求する。結果、教育者は管理し評価する人になる。そこでの学びは、学習者主体の学びではなく、教師主体の教育となっている。知識は断片化され、学校は 「正解」 を教え込む場となっている。

 このような 「機械システム」 が産業主義時代の前提であり、深くて有害な前提である。教育は、自然界の生物のように、「継続的に成長し、発展し、新たな関係を作り、生来の目的をもっていて、自らを再創造する」 ことのできる 「生きたシステム」 を求めなければならない。そこでの学びは、暗記と正解のための努力ではなく、相互依存の世界と変化を理解する学びであり、学習者主体の学習とならねばならない。

 こうして、企業の組織改革で克服すべきメンタルモデルは、その根っこで学校教育のあり方と結びついている。企業の問題も学校教育の問題も社会システム全体として捉え直して再設計しなければならない、というのがセンゲの問題意識である。

3 Schools That Learn の概要 : 「学習する教室~学校~コミュニティ」

 センゲはいかに学校を学習する組織としようとしているか? センゲは、教室の学びのあり方から問い直し(「学習する教室」)、さらに学校のあり方(「学習する学校」)、そして学校とコミュニティのつながりの再構成(「学習するコミュニティ」)を説いている。もちろん、学習するそしきで重要なのは5つのディシプリン (①自己マスタリー、②メンタルモデルの克服、③共有ビジョン、④チーム学習、⑤システム思考) を用いることである。

 重要なキーワードは 「心のブレイクスルー」 。先生は 「正しい答え」 を持っている、持っていなければならないという先入観(メンタルモデル)から解放され、先生は生徒と共に学び合う存在であるという気づきが第一歩である。

 第1に、「学習する教室」 では、生徒は 「単に知識を受け身で受け取る人ではなく、知識をともに創造し、学校の発展に参加する人」 である。よって、教師は、生徒に教え込もうとするのではなく、生徒自ら学べることを信じて、「学習環境のデザイナー」 であることが求められる。つまり、学習者である生徒をよく見て、実践し省察することで、保護者も加わって「学習する教室」 をデザインしていく。

 第2に、学校組織は、学校の管理者がトップダウンで組織改革しようとしても 「学習する組織」 には育たない。「学習する学校」となるには、学校の実態に応じて、学習による変化を伴った息の長い取り組みが必要である。そのプロセスでは、小さな変化から始めることや、小さなパイロットグループを立ち上げることなどが重要である。変化のためのインキュベーター(孵卵器) となるパイロットグループは、上からの指示で組織変革を行うのではなく、個々の学校で、その状況を踏まえた活動を行う。彼らもまた学習者として変革に携わることが 「学習する学校」 を志向することになる。

 第3に、「学習するコミュニティ」 とは、学校を取り巻く学習環境であり、学校教育の問題は、社会システム全体の中で捉え直す必要がある。また、地域コミュニティも学校とともに学び続けることができる。「学習するコミュニティ」 は、学校に直接関わる人ばかりの問題ではなく、すべての人の学習を支援するコミュニティでもある。

3 学習する組織と社会関係網での教育の再統合

 日本の学校教育への示唆となるものは何だろうか? 日本の教育にとって、Schools That Learn で説いていることは、特別に目新しいことではないかもしれない。けれども、注目されるのは、以前から言われているにも関わらず改善が難しいのであり、何とか取り組まなければならない課題だからであろう。教育に関わるすべての人が、自らの行動の前提となっている行為を問い直さねばならないということである。

 センゲは、言動の前提となっているメンタルモデルや行為理論を問い直し、「心のブレイクスルー」 を促したいと考えている。そのためには、ドナルド・ショーンの考察した 「省察的コミュニケーション」 の対話が必要である。ここでは、行動し、観察し、反省し、決定し、行動するという学習のループが働いているが、センゲが提案するのは 「ダブルループの省察」 である。基本的な前提と結論を常に問い直すことである。

 「省察的コミュニケーション」 は、頭ごなしの指示でなく、生徒が再考して、学び方自体を学べるような問いかけを意味する。さらに、生徒も含めた学校に関わるすべての人々との 「省察的コミュニケーション」 で、学び合いを促す。

 日本においては、平成20年度より、地域の教育力の低下や教員の負担軽減のために、地域ぐるみで学校運営を支援する 「学校支援地域本部事業」 が始まった。これはセンゲが説く 「学習するコミュニティ」 と同じに見えるかもしれない。けれども、根本的に異なる点がある。それは設置主体の違いである。構造的にトップダウンなのである。

 学校が 「学習する組織」 になるということは、教育行政による指導で促された結果ではありえない。どのような教育や社会を志向したいのか ・・・ 学習教育現場が 「学習する組織」 になるとは、内側から外に向かって教育の再統合のうねりを作っていくことを意味している。

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 研究会では、「自ら学び、自ら考える」 という言葉に象徴される日本の 「学習観の転換」 においても同様であることを語り合った。日本において、この 「教えるから学ぶへ」 の転換は少しずつ普及していると信じることはできる。しかし、根本的なところで、センゲの説く 「心のブレイクスルー」 が浸透しているとは言えない。

 センゲは、前提となる時代背景から問題にしている。それは、今日の混迷する「近代」の政治・経済・社会のあり方に関連している。それゆえに、教育の改善は困難なのである。時代の変化に対応するとは、単に適応することを意味しないだろう。根本的な変革が問われる。そこではセンゲの 「学習する組織」 の理論に深く学ぶことが不可避であろう。 

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