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2011年8月14日 (日)

「開発教育ファシリテーター」 とは

「開発教育ファシリテーター」 とは? ・・・ 昨日、私は 「社会の現実に通用する問題解決(および合意形成)ファシリテーター」 とした。これは、「対立する社会の現場で、対話(ダイアローグ)を通して、合意を形成しながら、創造的な問題解決を図るファシリテーター」 ということである。

私がテーマとしてきた 『問題解決ファシリテーター』 のなかの一文 「深いコミュニケーションを通じてお互いの問題を理解し共感し合い、創造的な問題解決を図る」 から出発した私の現在の結論である。ビジネスの世界では当たり前の感覚だが、教育の世界の感覚では、講座開設当初からの ”一歩” が必要だった。

コミュニケーションを対話(ダイアローグ)に置きかえているのは、コミュニケーションを ”ダイアローグ” に高めたデヴィッド・ボームに学んでいる(『ダイアローグ』、2007)。”ダイアローグ” とは、意見の相違を超えて 「意味を共有」 することで、何か新しい理解に至るという創造的な営みをいう。自分の意見はいったん保留し、心を開いて傾聴することで、さまざまな意見をその前提から理解していくコミュニケーションである。

また、『問題解決ファシリテーター』 では問題解決と合意形成とを区別しているが、社会における問題解決を念頭に置く場合、一概に区別できない。そこでのコンセンサスは、問題解決であり、合意形成でもあるからだ。

もちろん、ここで考えている 「開発教育ファシリテーター」 は、教育を学校教育に限定せず、「開発のあり方」 の学びを広く社会に適用していく存在である。「開発のあり方」 とは、「公正で共に生きることのできる社会のあり方」 つまり ”ありたい姿” に他ならない。

こうした考え方は、「学習する組織」 を提起したピーター・センゲに学んだ(『最強組織の法則』、1995)。「学習する組織」 における ”学習” とは、”ありたい姿” と現実とのギャップを理解し、自ら新たな行動様式を生成することで変化に適応していくことである。

・・・

さて、冒頭の結論を補足してきたが、私の念頭にあるファシリテーター像のモデルは、アダム・カヘンである。アダム・カヘンは、アパルトヘイト後の南アフリカの問題解決などに携わった伝説のファシリテーター(『手ごわい問題は、対話で解決する』、2007)。

今日、貧富格差、環境、食料など、対立を伴うさまざまな 「手ごわい問題」 が存在する。これらの諸課題に、人びとと立ち向かうのが 「開発教育ファシリテーター」 である。これらの諸課題に対して、私たちは対話(ダイアローグ)で解決するファシリテーション能力を身につけなければならない。

問題の解決は、世界が舞台でなくともよい。足元の地域や組織においても、問題解決のためのファシリテーションが問われる。「開発のあり方」 を考え、問題解決および合意形成に向かうとき、ファシリテーターの存在意義は大きい。

アダム・カヘンによれば、それは、私たちの 「オープンな心」 と、対話における 「話し方」 「聴き方」 にかかっている。対話(ダイアローグ) によって、新たな現実を創り出すのである。

・・・ 「開発教育ファシリテーター」 の定義は一応整理した

実践的視点でのアダム・カヘンの方法論(U理論&シナリオプランニング) については、次の機会にまとめよう。

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