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2011年4月26日 (火)

滅びゆく文明(?)

人類の歴史で、これまで栄華を極めた文明は幾多存在した。そして、それらは例外なく滅びている。ある文明はより力ある次の文明にとって代わられた。もう一方で、ある文明は栄華を過剰に追求しすぎて自滅した。今日の私たちの文明もまた、永久に続くことを前提にはできない。グローバルな近代文明の崩壊はおそらく後者によってもたらされる。

私は、文明の力の源泉はエネルギーにあると思う。エネルギーがその文明に力を与える。近代文明のエネルギーは言うまでもなく石油である。石油を駆使する技術が文明をリードしてきた。大量生産・大量消費によって快適で便利な生活を追求してきた。

今日、私たちの文明は、たとえ資源枯渇が叫ばれ、気候変動などの環境破壊が叫ばれても大枠の変化はない。かつて石油危機の時代(1970年代)を経ても、省エネの技術が一層進展しただけだった。そして補完エネルギーとしての 「安全な」 原子力が大手をふって歩んできた。今回、その 「安全神話」 は崩れたはずだが、原子力に代わるエネルギーが不十分なのだから、私たちは 「より安全な原子力」 を追求し続けるしかないという論調は依然として根強い。石油+原子力の力はとてつもなく大きい。

しかし、「ピークオイル」 の危機はすぐそこまで来ているのではないのか。そして、「安全神話の崩壊」 ・・・。物理的に先が見えなければならない。私たちは ”未来” の展望に則して生きなければならない。

けれども、「わかっちゃいるけど止められねぇ」 とも言うべき感覚が人間のメンタルモデルの根っ子に巣くっている。この文明のメンタルモデルは 「先見的に」 変化しうるだろうか? もちろん、ここでの危機意識は、このメンタルモデルの変化がないかぎり文明崩壊の危機が進行するだろうということ。そして、歴史はその変更ができずに滅びる 「法則」 を示唆しているということだ。

メンタルモデルの変化は価値観の転換を伴う。今日、さまざまな価値の転換が語られだしているのは良い兆候である。曰く、「進歩」 とは? 「幸福」 とは? 「技術」 とは? そして 「開発」 とは? ・・・ 欲望の解放への問い直しが根底にあるだろう。

ところで、欲望の解放への反省として、「江戸時代」 があげられることがある。エントロピーの観点からも、日本にも 「節度ある程良い文化」 があったのだと・・・。

ただし、欲望の解放は2つの側面をもっていることに留意しよう。ひとつは、”豊かさ” を過剰に追求する 「過剰開発」 。もうひとつは、人による人への支配。江戸時代を素晴らしいユートピアと描ききれないことは、『水戸黄門』 が好きな人の賛同も得るだろう。(笑)

「過剰開発」 のない助け合いの経済社会の価値を語るならば、封建的領主や悪徳商人の不公正を規制できる社会も語らねばならない。これらは、開発教育の2つの基本コンセプト=「共生」・「公正」 にかかわる問題意識だ。

「共生」 は 「自然との共生=循環性」 をも含む。私たちが今日の文明に向き合うとは、こうした観点から ”あるべき姿” を探求するという姿勢が問われるのではないだろうか・・・。私は信ずる。ここにこそ、教育の大きな使命があると。。

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