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2011年4月 7日 (木)

心地良い節電(?)

都心に出るために電車に乗る。車内が暗め。「ご不便をおかけしますが、節電にご協力をお願いいたします」 のアナウンス。夜の駅もしかり。大都会の駅にしてかなり照明が落されている。人びとは何事もなかったかのように、「節度ある」 照明に順応しているように見える。そして、私にはそれがとても心地良い風景に見える。

「やればできるじゃないか」・・・率直にそう思う。煌々とした明かりばかりが便利さではない。

こうした節電が当たり前であって良いのだ。事実、「節約」 はこれまでも省エネを志向する社会のムーブメントであった。ビルの使わない部屋は電気がオートカットされる。トイレで新聞を読んでいていきなり暗くなるのを 「不便」 と文句をいう人はいない。(笑)

こうした現象は、昔のエネルギー不足の時代に逆戻りしているのではないのだ。昔の昭和30年頃までのノスタルジーを感じるむきもあるかもしれないが、私にはむしろ螺旋状に進んだ結果としての ”成熟” を感じる。

ピンチはチャンスである。私たちの ”メンタルモデル” がこの機にある種の成熟の域に達する可能性を考えたい。がまんするのではない。節電を愉しむ 「成熟文化」 なのである。

ただし、その 「成熟文化」 はまだ社会のしくみになっていない。これまでは原発が節電を不要にしていたからである。

ゆえに、現在のシステムはいつでも 「共有地の悲劇」 になるリスクがある。これは限られた資源とわかっていても自分だけの利益を追求してしまう悲劇である。

皆で助け合う社会のしくみが問われる。

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