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2010年9月14日 (火)

メンバーの「ふりかえり」から (その2)

「なぜ、システム思考か?」 ・・・ メンバーの 「ふりかえり」 では、さまざまな論点が出ていますが、もっとも土台となるのが 「システム思考の哲学とは?」 というテーマでしょう。これはシステム思考の世界観にかかわります。私たちは、なぜシステム思考にこだわるのでしょうか?

研究会発足当時の考え方では、システム思考の全体を見ようとするものの見方・考え方、および、現実の循環構造を捉える現状認識とそこから 「レバレッジポイント」 を見つけ出して対処しようとする方法論に注目しました。それらが、世界を構造的に理解することを課題としている開発教育にとって魅力だったのです。

すなわち、これまでの問題解決学習としての開発教育の 「知る~考える~行動する」 という 学びの3段階は、「現実を知り~その因果関係を考え~身の回りの行動につなぐ」 というものでしたが、その分析は現象的な次元にとどまりがちであり、真に有効な行動を見い出せぬまま、「行動する」 という言葉だけが先行していたのではないか? それに対して、「現実を知り、システム思考で考え、レバレッジポイントに働きかける」 という新しい学びを模索しようとしたのです。

けれども、前期の研究を通して、それだけでは危ういことがわかりました。そして、今回の 「ふりかえり」 の観点からは、もっと「哲学(世界観)」 として深めることの重要性を共有するに至っています。

前者の ”危うさ” とは、マクロな現実を捉えることへの 「盲信」 です。

前期に総括したように、システム思考の結論は絶対的なものではありえません。完璧がありえない 「ループ図」 自体にそれが現れています。そうではなくて、全体を循環構造で捉えようとする思考のプロセスこそが重要ということです。「ループ図」の精密化も学びのプロセスの一環でしょう。そして、思考を深めるには、多様なメンバー構成での検討、相応の資料分析、システムのパターン(=原型) にも通じているファシリテーターの支援などが重要となります。もちろん、こうしたプロセスとしての学びは、小中高どの段階でも可能であると思われます。

後者の 「システム思考の哲学(世界観)」 は、前者の学びの土台です。これこそが、なぜシステム思考かのより根源的な答えのはずです。

結論を先に書けば、システム思考が 「”近代的なるもの” の矛盾」 に対峙して、私たちの暗黙のものの見方・考え方( 「メンタルモデル」 )に働きかけるということです。

”近代的なるもの” とは、デカルトからニュートンにつながる機械論的世界観から来るものです。機械論的世界観では、全体は独立した諸部分の因果の連鎖の集合体です。関連要素である独立した諸部分は交換可能です。この「要素還元主義」は、全体と部分の ”相互因果関係” を欠いています。つまり、関係性(かかわりあい) の弱い近代社会を必然的に生み出す 「メンタルモデル」 を形づくっています。これが私の言う 「近代的なるものの矛盾」 です。相互依存の許容範囲にとどまるか、効率優先の物質主義が行き過ぎるかは、振幅する対立概念となりましょう。

システム思考の哲学(世界観)とそこでの「関係性」の重視は、西洋的効率主義を超えうるものとなり得るとも思えます。これは 「ソフトシステム思考」の分野でしょう。。こうした考察は、研究会の土台でもあるので、私の個人的テーマのひとつとして、もっと考え続けたいと思います。

これまでの開発教育は、このことを 「相互依存」 として認識してきました。けれども、その「メンタルモデル」 のパラダイム転換を、どれだけ教育の場で深めているかというと疑問なのです。理論的・実践的な課題として残されているように思われます。

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